贈賄リスクは、海外事業をすでに展開している企業においても、常に関心を持っているテーマの一つです。誤った情報や思い込みが一人歩きしてしまっていたり、誘惑があったり、結果を軽く考えがちであったりと、比較的罠に陥りやすいリスクだということができるでしょう。

事 例
健康食品の製造販売を営む日本企業A社は、新興国であるB国に現地法人C社を設立し、B国をマーケットとした事業展開をすることを予定しています。
A社が事前に現地のコンサルタントから得た情報には、B国では健康食品販売のライセンスをスムーズに取得するために「袖の下」が必要だというものや、取引を拡大していくためには販売小売店の幹部への接待に力を入れた方がよいというものがありました。
また、現地で有力者に人脈があるという人物から、「自分であれば当局に口をきいてすぐにライセンスを発行させることができる」との申し出を受けました。

解 説

1 日本企業が注意すべき贈賄規制法

(1) 日本企業と贈賄リスク

日本企業が海外進出するにあたって、しばしば贈賄リスクが問題として取り上げられます。
近年では、中小企業を含む日本企業が新興国において事業を展開する動きが加速していますが、特に新興国においては、便宜の見返りとして公務員や国営企業の役員等から金品等を要求されるケースが後を絶たず、長きにわたり日系企業の社員や社外の代理人による贈賄行為が横行してきたという実態があります。
このような行為は、大きな違法リスクを伴うものでありながら、その自覚が十分でないケースが多く見受けられます。

(2) 日本企業が注意すべき贈賄規制法

国際商取引における贈賄規制をめぐっては、1997年に経済協力開発機構(OECD)の「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」(OECD外国公務員贈賄防止条約)が採択されて以来、世界各国において法整備が進められてきました。日本も、1997年にOECD外国公務員贈賄防止条約に署名し、翌1998年に「不正競争防止法」を改正して、外国公務員贈賄罪を新設しました。
A社及びその関係者がB国で活動するに際して不正な支払を行う場合、日本の不正競争防止法が適用されるのみならず、B国の法律についても適用を受けることになります。さらに、場合によっては、全く活動を行っていない国の法律の適用を受けることになるかもしれません(域外適用)。域外適用のある贈賄関連の法律としては、米国の「海外腐敗行為防止法(The Foreign Corrupt Practices Act of 1977:FCPA)」英国の「贈収賄法(Bribery Act 2010:UKBA)」が挙げられます。

2 外国公務員贈賄罪(日本法による規制)

(1) 外国公務員贈賄罪の適用範囲

日本法のもとでは、個人が外国公務員に対して不正の利益を供与等した場合、外国公務員贈賄罪として刑事罰(5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金又は併科)の対象となります(不正競争防止法18条、21条2項7号)。外国公務員贈賄罪は、日本国内で一部でも贈賄行為が行われ又は結果が発生したのであれば行為者が外国人であっても適用対象となり、また、日本国民による日本国外での贈賄行為についても適用対象となります(不正競争防止法21条8項、刑法3条)。
他方、法人についても、その代表者や、代理人、使用人等によって外国公務員への不正の利益供与等がなされた場合に、刑事罰(3億円以下の罰金刑)の対象となります(不正競争防止法22条1項3号)。

(2) 外国公務員贈賄罪に関する日本版司法取引の適用事例

日本では、2018年に施行された改正刑事訴訟法において、「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意」制度(刑事訴訟法350条の2以下)、いわゆる司法取引制度が導入されました。日本の刑事訴訟法が定める司法取引制度は、自己の犯罪について自主的に捜査に協力する見返りに求刑を軽くしてもらう「自己負罪型」ではなく、他人の犯罪に関する捜査・公判に協力する見返りに起訴を免れたり求刑を軽くしてもらう「捜査・公判協力型」である点が特徴的です。
この日本版司法取引が初めて適用された事案が、三菱日立パワーシステムズ株式会社(以下「MHPS」といいます。)がタイで受注した発電所建設工事をめぐっての外国公務員贈賄事件です。この事件の概要は、MHPSの下請輸送業者が、桟橋使用許認可取得手続の不備により地元港湾当局の公務員らに桟橋を封鎖され、これを解除する見返りとして金銭を要求されたところ、MHPSが納期の遅延を回避する必要から封鎖解除のための贈賄資金を下請輸送業者に提供した(ただし、その後金銭が公務員に渡ったことまでは関知していない。)、というものです。本事件に関与したMHPSの幹部らには外国公務員贈賄罪により有罪判決が言い渡されましたが、MHPSについては当該幹部らに関する事件の捜査に協力したことを理由に不起訴処分となりました(2018年7月20日付MHPSプレスリリース「不正競争防止法違反による当社元役員および元社員の起訴について」参照)。

3 外国の贈賄規制に関する情報収集

事例において、A社は、B国の贈賄規制に関する法律の適用を受けることになりますが、国によっては、民間企業の役員等への贈賄行為が処罰の対象となっている場合がありますので、外国で事業を展開していく上では、この点についても確認しておく必要があります。日本では特に問題とならない行為であったとしても、B国においては、取引先の幹部を接待することが、程度によって違法となる可能性があります。
特に、新興国では、法律の変化のスピードが速く、運用について政治的な影響を受けることも少なくありませんので、最新の情報を収集するよう心がけましょう。

4 域外適用による規制( FCPAとUKBA)

1977 年に成立したFCPAは、1998年の法改正によって外国人や外国企業による贈賄行為や米国外での贈賄行為にまで適用範囲が拡張され、その後外国企業に対する積極的な摘発の姿勢が目立っています。
また、2010年に成立したUKBAは、当初より、外国企業が英国外で贈賄を行った場合も規制の対象としています。
いずれも、違反があった場合のペナルティが、日本の外国公務員贈賄罪に比べて著しく大きいものとなっています。

(1)  米国海外腐敗行為防止法(FCPA)

FCPAは、「発行者」(米国の証券取引所に上場している企業等)や「国内関係者」(米国人や米国居住者、米国企業等)の各関係者が外国において行った贈賄行為のほか、外国人や外国企業が米国内で贈賄行為の一部を行った場合についても適用されます。また、国内関係者が米国外で行った贈賄行為につき、日本企業が共犯関係にあったとしてFCPAのもと訴追された事例もあり、摘発事例は広範にわたっています。
また、日本企業が海外子会社によるFCPA違反行為について直接責任を負う可能性がある点や、M&Aによって他社の権利義務を承継した場合にFCPA違反による責任を承継してしまう可能性があるという点にも注意が必要でしょう。

(2) 英国贈収賄法(UKBA)

UKBAは、「英国と密接関連性を有する者」(英国人、英国企業等)により贈賄が行われた場合のほか、外国企業であっても「英国と関連のある営利団体」(事業の一部を英国内で行っている外国企業等)が適切な贈賄防止措置を講じなかった場合に適用されます(贈賄防止措置懈怠罪(UKBA7条))。
この贈賄防止措置懈怠罪は、外国企業の関係者が英国外で贈賄を行った場合にも適用される内容となっており、処罰対象は広範にわたります。
また、UKBAでは、民間人に対する贈賄行為が処罰対象とされている点についても注意が必要です。

5 関係者による贈賄リスクを回避するための対策

国際商取引における贈賄規制は次第に強まりを見せており、摘発された場合のリスクは計り知れません。罰金等による経済的損失が大きいのはもちろん、国際的信用の失墜という回復困難なダメージも招きかねません。また、関係者が身柄を拘束される可能性もあります。
さらに、過去に同様の行為が摘発されなかったということが、何ら安心材料とならないことを自覚しなければなりません。海外に事業を展開する日本企業としては、贈賄リスクに対する考え方を根本的に見直し、企業関係者の隅々にわたって具体的な対策を講じていかなければならないでしょう。

(1) トップ層の意識改革

贈賄リスクを回避するためには、まずもって、企業のトップ層が強い意識をもって贈賄リスクに向き合うことが必要です。
「やむを得ない事情がある」「ほかの企業もやっている(らしい)」「コンサルタントが勧めてきたから大丈夫」などと安易に考えることなく、どのような行いが自社のリスクとなるかを客観的に評価し、都度論理的な選択をしていかなければなりません。

(2) 社内外の関係者による贈賄行為の防止

企業のトップ層がいかに贈賄リスクと向き合い高い意識を持っていたとしても、現地の役員や従業員、外部の代理人がこれを十分に理解していなければ、贈賄行為を防止することはできません。
会社の方針として「不正を行ってまで利益を追求するべきではない」との姿勢を明確に示し、行為規範を記したわかりやすい社内規程を作成し、役員や従業員への教育を実施するなどして、社内関係者が安易に贈賄行為に走ってしまわないよう、具体的な防止策を講じておくことが重要です。また、外部関係者と契約をするにあたっても、違法行為を行わないよう十分注意喚起をする等留意しましょう。

(3) 中長期的かつ確実なコネクションの構築

便宜を受ける見返りとして関係者に金品等を提供した場合、一時的には目的が達せられるかもしれません。しかし、法の運用が厳しくなった場合にどうなるのか、従来金品を提供してきた相手の要求に急に応じなくなった場合にどのような扱いを受けることになるのか、将来にわたってリスクが残り続けることになるでしょう。いざ現地法人を撤退する段になって過去の違法行為を持ち出される可能性もあります。事例のように、「人脈」を持ち出してくる者についても、実際は賄賂でもって処理している可能性がありますので、安易に信用すべきではありません。
中長期的な観点からは、現地当局や専門家から正当かつ納得感のある助言を得ることに重点を置くべきであり、そのためには、誠実な人物との確実なコネクションの構築に尽力することが重要です。

ポイント

1 事業を展開する国の法律のみならず、域外適用のある法律も確認しましょう。
2 贈賄規制の内容が国ごとに異なっていることを踏まえ、個別に規制を確認しましょう。特に、民間人に対する贈賄規制について注意しましょう。
3 会社トップ層の贈賄リスクに対する意識を強め、論理的な選択ができるようにしましょう。
4 役員や従業員への教育、内部規程の整備等により、関係者が安易に違反行為をしてしまわないよう、具体的な防止策を講じましょう。また、外部関係者による贈賄行為を防止するための方策を講じましょう。
5 誠実かつ確実なコネクションを築く努力をしましょう。

(参考URL)

210X297 (oecd.org)(原文)

国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約 (mofa.go.jp)(仮訳)

不正競争防止法 | e-Gov法令検索 (e-gov.go.jp)

Foreign Corrupt Practices Act (justice.gov)(原文)

untitled (legislation.gov.uk)(原文)

Maki Shimoji