前回の記事に引き続き、海外進出時において確認しておくべき事項をまとめました。前回少し触れた紛争解決に関するテーマを掘り下げた内容となっています。

紛争解決条項ひとつをとっても、思い込みや一般論で片づけるのではなく、取引の具体的な背景や中身に応じて、また、時代に応じて、ケース・バイ・ケースで検討していただければと思います。

事 例
精密機械の部品を製造販売する日本企業A社は、日本国内ではすでに数十社との取引実績を有しています。この度、A社は、B国企業C社向けにXを継続的に販売する運びとなり、C社との間で取引基本契約書を締結する準備を進めています。
A社は、過去、日本国内の取引において、取引先から売買代金が支払われず訴訟提起に踏み切ったという経験があり、C社との関係でも同様のトラブルが発生するかもしれないと心配しています。
また、A社は、C社に対し、自社の重要な秘密データを開示しなければなりませんが、C社の情報管理体制やC社従業員の遵法意識に不安をもっています。

解 説

1 国際商取引紛争の解決方法

国内取引であっても国際取引であっても、当事者間にトラブルが発生した場合に、話合いによる解決が可能であればそれに越したことはないでしょう。もっとも、協議での解決は難しいという場合には、強制的な紛争解決手続に頼らざるを得ません。
国際商取引においては、通常、契約を締結する際に、この点についても合意しておくことになります。

(1) 強制的な紛争解決手続

強制的な紛争解決手続の選択肢としては、訴訟と国際商事仲裁が考えられます。訴訟手続では裁判所が、仲裁手続では私人である仲裁人が、それぞれ紛争解決のための判断を下すことになります。
仲裁手続を利用するためには、仲裁によって紛争を解決することについての当事者間の合意(仲裁合意)が必要ですが、紛争が発生してからこのような合意を行うことは現実的には困難ですので、仲裁手続を選択する場合には、通常、契約書の中に仲裁条項を盛り込んでおくことになります。
国際商事仲裁を実施する仲裁機関としては、パリに本部を有する国際商業会議所(ICC)、ロンドンに本部を有するロンドン国際仲裁裁判所(LCIA)、ニューヨークに本部を有するアメリカ仲裁協会(AAA)等があり、アジア圏でも、日本商事仲裁協会(JCAA)、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)、香港国際仲裁センター(HKIAC)、中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)等があります。もっとも、現状、アジア圏では、SIACやHKIACの利用が目立つ一方、JCAAの利用件数は多いとはいえません。

(2) 国際商事仲裁の特徴(訴訟との相違点)

仲裁手続には、訴訟手続との比較において、手続が非公開である、使用言語を当事者が決めることができる、一審制である等の特徴があります。専門家による判断が期待できる、とも言われています。
また、裁判においては外国判決の承認及び執行の判断基準が国ごとに異なっており、現に執行が認められない組合せも多くありますが、仲裁判断については、「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(ニューヨーク条約)の加盟国同士であれば相互に執行することができ、多くの国がこれに加盟しています。

(3) 準拠法との関係

国際商取引に関する契約においては、通常、紛争解決手続とともに、準拠法(当該取引においてどこの国の法律が適用されるか)についても合意して定めます。事例では、日本法やB国法のほか、第三国の法律という選択肢もあり得ますが、後述するとおり、準拠法は紛争解決方法との親和性を考えて同時に検討すべき事項です。
なお、準拠法については、自国の法律とするのが有利であるという意見も散見されますが、外国の法令についてもある程度の情報収集が容易になった現代においては、一概にそのようにいうことはできないでしょう。

2 紛争解決方法を選択する際のポイント

日本の企業と外国企業との紛争といっても、その規模や中身は様々です。
事例において、A社は、過去の国内取引における経験から、C社との間でも売買代金の回収を巡るトラブルが発生する可能性を懸念しています。また、C社に開示するA社の秘密データが外部に漏洩し、A社が損害を被ってしまうかもしれないと心配しています。したがって、ここでは、A社がC社に売買代金や損害賠償を請求する場面が想定されることを念頭に置いた上で、A社の立場から、紛争解決手続を選択する際のポイントを説明します。
なお、具体的な紛争解決条項は、C社との契約交渉の結果決定されるのですが、A社としては、自身にとって最適な選択肢は何かを予め検討した上でC社との交渉に臨むべきでしょう。

(1) 国際裁判管轄権の確認

訴訟手続を選択する場合には、どこの国の裁判所で解決するのかを決めることになりますが、この場合、まずもって、想定される紛争について当該国の裁判所の裁判管轄権の有無を確認し、そもそも選択肢の一つとなり得るのかどうかを確認しておく必要があります。

(2) 執行の可否の確認

A社がC社に金銭を請求する場面を想定した場合、C社の財産が存在するB国での執行可能性についても検討しておかなければなりません。C社が、裁判所の判決や仲裁判断に従わないということも十分に考えられるからです。
具体的には、A社が日本の裁判所でC社に対する金銭給付判決を得たとしても、これをB国で執行できなければ、C社が任意に履行しない限りA社の実回収に結びつきません。そのような場合、日本における訴訟手続は、A社にとって紛争解決方法として相応しいとは言えず、この時点でA社の立場上選択肢から除かれることになります。他方で、B国の裁判所の判決であれば、B国で執行することに通常問題を生じることはないでしょう。
仲裁判断については、B国がニューヨーク条約の加盟国であればその執行が可能ですので、まずはこの点を確認します。もっとも、B国がニューヨーク条約の加盟国であったとしても、B国における外国仲裁判断の執行拒絶事例について、ある程度調査しておくことが望ましいといえます。例えば、ニューヨーク条約加盟国である中国においてJCAAの仲裁判断の執行が拒絶されたケースがありますので、その背景を知っておくことは実務上有益です。

(3) 手続の公平さに対する評価

訴訟であるか仲裁であるかに関わらず、B国での紛争解決を選択した場合における、C社に偏った判断がなされるリスクの有無・程度については検討しておくべき事項の一つです。地方保護主義が残っているといわれる国や地域もありますが、想定される紛争の性質や争点、近年の傾向も踏まえた上で、この点冷静に評価する必要があるでしょう。
相手方の国の裁判所では相手側に不当に有利な判断がなされる可能性が拭えないという理由から、当然のように第三国での仲裁手続を選択している例も見られますが、本来的にはそのリスクの程度とその他の観点でのメリット・デメリットを総合的に考慮した上でベストな選択肢を導き出すべきと考えられます。

(4) 紛争解決手続にかかる費用・手間の試算

A社が将来的に紛争解決手続を利用するという場面を想定し、その手続にかかる費用や手間が、紛争の規模や中身に照らして合理的なものとなっているかという視点をもつことは、非常に重要です。仮に、手続に要する費用が係争額や回収可能性を勘案して現実的に見合わないという場合、A社としては、実際の場面ではその手続を利用して紛争の解決を図るという判断を下すことは難しいでしょう(不公平な判断がなされるリスクを払拭できないものの費用を抑えた手続を選択する方が合理的だという場合もあります。)。なお、仲裁手続に要する費用としては、申立・管理料金や仲裁人報酬のほか、代理人や翻訳・通訳等の報酬、強制執行に至った場合の費用も見込んでおく必要があります。
当事者間で合意していた紛争解決手続について、その費用が紛争の実態に比して過剰であるような場合、A社は、あくまで交渉による解決を目指すという方針を立てることになるかもしれません。もっとも、強制的な解決手段を事実上排除している時点で、交渉上不利な立場に置かれることになり得ます。

(5) 手続の合理性の確認

契約書を作成するにあたっては、準拠法と紛争解決手続との親和性を勘案しながら、これらを同時に検討します。例えば、日本の裁判所による紛争解決を指定しながら準拠法をB国法とした場合、B国の法律に精通していない日本の裁判官が判断をするということになってしまいます。
また、仲裁条項を定める場合、仲裁地や仲裁言語等を合意することができますが、総合的な観点から、定めようとしている紛争解決の手続が安定性をもつものとなっているか、また現実的に利用しやすいルールとなっているのかを確認するようにしましょう。
また、自らが定めたルールに対応できる仲裁人や代理人、その他の専門家を、いざというときに自社がリーズナブルに確保することができるのかという点も確認しておくべきでしょう。

3 国際商事調停

調停は、裁判外紛争解決手続(ADR)であるという点において仲裁と共通しますが、あくまで第三者である調停人が介在することによって当事者間を和解に導くための手続であって、紛争解決の判断を下すものではありません。なお、調停手続を進めるためには、調停に付託する旨の当事者間の合意が必要ですが、通常は、一方の申立てを受けて相手方の意向を確認するという方法がとられます。
国際商事調停には、早期に決着がつく、高額な代理人費用をかける必要がない、手続費用が安い、柔軟な解決策によることができる、ビジネス関係を継続させやすい等のメリットがあります。したがって、紛争解決を望む当事者としては、調停を試してみる価値があるという場面も少なくありません。しかしながら、日本では現状、国際商事調停は積極的に活用されておらず、世界の情勢からは遅れをとっているというのが実情です。このような状況下、日本では近年、国際調停手続を専門に手掛ける機関として「京都国際調停センター(JIMC-Kyoto)」が設立されるなど、国際商事調停手続の活用促進に向けた動きが強まっています。

4 紛争解決方法を決定する際の心構え

紛争解決や準拠法に関する定めは、契約書において最も重要な条項の一つです。
各国における手続の運用まで完全に捕捉することはおよそ不可能であり、そもそも契約締結時の制度や運用が、将来にわたって変更がないとも限りませんが、紛争解決に関わる条項はケース・バイ・ケースで慎重に決定すべき事項ですので、専門家のアドバイスを受けながら、できる限り新しい情報を収集して慎重に検討するよう心がけましょう。

ポイント

1 各紛争解決方法の基本的な特徴をおさえましょう。
2 相手方との交渉は、自社にとって有利な紛争解決方法が何かを検討してから臨みましょう。
3 実際に起こり得るトラブルを具体的に想定し、試算した費用や手間に鑑みて合理的だと思われる紛争解決方法を選択するようにしましょう。
4 国際商取引契約における紛争解決条項の重要性を意識しましょう。
5 契約書を締結する段階で専門家のアドバイスを受け、できる限り新しい情報に基づき多角的な視点から慎重に検討するようにしましょう。

Maki Shimoji