これから海外進出をしようと考えている皆様や、十分に検討しないまま海外企業との提携を進めてしまっていたという皆様向けに、法務とその周辺的な観点から、海外進出において留意すべき基本的な事項をまとめました。
事例形式となっていますので、自社のケースに置き換えて、具体的にイメージしながら確認していただければと思います。

事 例
(1) 日本国内で長年にわたり飲食店向け機械Xの製造販売を営んできたA社は、国内市場の先細りを懸念して海外進出を検討していますが、何をどのような手順で進めてよいのかわかりません。そのような折、A社の技術に興味を持ちB国内に販路を有するというC社(B国民間企業)から熱烈なアプローチを受けました。C社責任者D氏が、A社のB国進出に向けて積極的にプランを策定し話を進めてくれています。
(2) A社は、C社と共同で出資して、B国内向けにアレンジされたX´の製造及びそのB国内向け販売を営むE社(B国現地法人)を設立することにしました。B国における手続は、全てC社側に任せています。
(3) E社は、B国内の飲食店数社にX´を販売できる目途が立ち、各社との間で売買契約書を締結することになりました。
(4) E社は、さらなる取引先拡大のため、大手飲食チェーンの役員らへの接待イベントを企画しています。

解 説

1 海外進出の目的の明確化

日本の企業が海外進出をする目的は様々ですが、いずれにせよ、まずは自社においてその目的を明確にした上で、関係者が共通の認識を持ち、進出先や進出形態を決定していくべきでしょう。
典型的には、人件費や材料費の節減のために海外に工場を設置したり、マーケットを広げるために海外に営業拠点を設立している企業が多いといえますが、近年では、国内の人材不足を懸念して高度人材確保のために海外に目を向ける企業も少なくありません。また、すでに有している海外拠点と連携を図ることを目的としていたり、グループ全体のリスク分散を目的として新たに海外進出を検討するケースもあります。

2 進出国・進出形態の決定

海外進出の目的が明確になれば、次は、その目的の達成のために適した国や地域を選定します。人件費や材料費等のコスト、輸送方法の合理性、当該国における自社製品の優位性、関係者とのコミュニケーションの容易性、自社資源(人材やノウハウ)の活用可能性、経済成長率、カントリーリスク等を総合的にみて検討することになります。
進出先の目途がつけば、その国の法令や制度に照らし、進出形態を検討します。パートナーの要否及びその位置づけ、パートナーが必要な場合におけるその条件、パートナーシップの組み方といったことが基本的な決定事項になります。
この点、既存の人脈などから特定の国・地域やパートナーありきで準備がスタートすることもあるかもしれませんが、その場合でも、それが自社の目的に沿っているのかどうかをいったん立ち止まって冷静に考えてみることは必要です。舞い込んできた話にそのまま飛びつき失敗しているパターンは少なくありません。もっとも、ビジネスチャンスを掴むためにはスピードが求められるという側面もありますので、合理的な範囲でリスクをとらざるを得ないというのも事実です。

(1) 外資規制・ライセンス規制の確認

業種によっては、法令上定められた外資規制により、そもそも進出形態の選択肢が限られる場合があります。例えば、外国資本の参入が認められていない場合や、出資割合が制限されている場合などが、よく見受けられます。また、特殊なライセンスの取得が必要な場合もありますので、その要否や取得の手続については、個別の確認が必要です。
これらの規制については、国の政策によって中身が左右されるという側面が大きく、変化のスピードが速いのが特徴です。最新の情報を確認し、場合によっては将来予測を踏まえた判断をしていかなければなりません。

(2) パートナーの選定・関係の確定

中小企業が初めて海外進出するにあたって、これを全くの独力で行うということは現実的には難しく、何らかの形でパートナーが存在しているのが通常でしょう。パートナーとの関係については、合弁企業の共同出資者である場合もあれば、継続的な取引先である場合もあります。自らが提供できる資源は何か、反対にパートナーに求めるものは何か、リスクとリターンの分配についてどう考えるか、といった点を総合的に考慮し、双方が納得する形でパートナーシップの組み方を決めていくことになります。
ここで、相手方担当者と信頼関係を構築できたと信じたとしても、パートナーに関する情報の収集を怠ってはならず、特に、パートナーが合弁企業の共同出資者となる場合や、材料の唯一の調達先である場合においては、その影響力の大きさから、注意を配る必要性が高いといえます。C社の実在性やD氏の権限の有無といった基本的な事項から、競合他社との関係やコンプライアンスへの意識なども確認し、仮に疑わしい場合には次に進まないという強い意思も時には必要でしょう。

(3) 資金計画の確認

現地法人E社を運営していくにあたり、どのタイミングでどの程度の資金を必要とし、またそれをどのように調達するのかという点は、進出計画における最も重要な確認事項の一つです。外部借入れが必要となる場合は借入先を検討しなければならず、また、B国の規制や運用実態についても事前に検討した上で資金計画を立てる必要があります。

(4) 優遇政策の確認

進出先の国や地域によっては、外資優遇政策によって、タイミングよく税金や賃料などの優遇の恩恵を受けられることがあります。もっとも、これはあくまで政策であって将来にわたって保証されるものではないこと、撤退時になれば却って負担を強いられる可能性もあることを念頭に置いておかなければなりません。

3 合弁企業の設立

(1) 合弁契約のポイント

A社がC社と合弁企業を設立する場合、出資の比率や払込方法、意思決定のルール、派遣役員に関する事項、各自の役割分担、合弁解消の条件等を、協議の上決定し、合弁契約書(株主間契約書)を締結します。この場合、通常、準拠法は進出先の国の法令であることが求められますが、紛争解決方法については国によってルールが異なります。この点、準拠法と紛争解決地の不一致によるデメリット、実際に紛争に至った場合の手続やコストの合理性、執行可能性、判断の公平性等を勘案し、まずは自社にとってのベストな選択を検討します。
最終的な合弁契約書を締結するに先立ち、まず秘密保持契約書や基本合意書を締結する例も多くみられます。特に、初期段階で、ある程度企業秘密の開示に応じなければならない場合や、双方の考え方のすり合わせに時間がかかるような場合には、適時適切に取決めをして固めていくことで、より安心して着実に手続を進めることが可能となります。
地場企業と合弁を組む場合、パートナーからひな形の提供を受けている例が多くみられますが、その場合、自社に不利益な内容となっていないかどうかは必ずチェックしなければなりません。特に、意思決定に影響を及ぼし得る事項については慎重に決める必要がありますし、ある程度パートナーに任せるにしても、それを自ら監督できる形を整えておくことが大切です。例えば、自社のノウハウ流出や不相当な技術支援の負担といった事態を招きかねない条件や、A社の将来的な海外戦略の選択肢を不当に狭めるような条件に安易に応じてしまわないよう注意しましょう。

(2) 投資認可取得・設立登記の手続

合弁契約を締結したC社はすでに頼りになるパートナーであり、B国の手続についてはC社に任せた方がスムーズなことが実際に多いといえますが、A社としては当事者意識をもち続けることが大切です。C社の報告を鵜呑みにして書類の内容を理解しないまま進めていった結果、C社側が不正をしやすい環境を招いてしまったと考えられる事例も少なくありません。
特に、定款などの重要な書類や、金銭の支払いを約する内容の書面については、手間を惜しまずきちんと確認しておくべきです。

4 取引契約時における留意点

(1) 取引契約書ひな形の準備

E社は、B国内企業数社との間でX´の販売契約を締結することとなりましたが、このような場合、E社のひな形を準備しておくことが大変有用です。そうすることで、例えば、①契約交渉において主導権を握りやすくなる、②予め各条項の意義や重要度を整理しておくことで、契約交渉において譲歩可能なものか否かの判断がしやすくなる、③契約書を二言語作成する場合において都度一から翻訳をする必要がなくなる、等のメリットがあります。

(2) 紛争解決条項・準拠法

紛争解決条項は、契約書において最も重要な条項の一つです。取引先が義務を履行しなかった場合にE社が置かれる状況について具体的に想像してみると、例えば、販売先にX´を納品したにもかかわらず代金が支払われない、一方的に購入をキャンセルされてしまう等が考えられます。このような場合、E社は、自ら代金や損害賠償金の支払を求める立場に置かれることになり、販売先の資産に強制執行をかけることができること、紛争解決手続の利用のハードルが高すぎないことなどがポイントとなります。
準拠法の選択は、紛争解決方法(紛争解決地)と密接に関連しますが、そもそも法令上B国法を適用することが強制されていないかどうかを確認しておく必要があります。例えば、中国の場合、「中華人民共和国領域内の民事活動については、中華人民共和国の法律を適用する。法律に別途規定がある場合は、その規定による。」(中華人民共和国民法総則12条)と定められ、国内企業間の取引契約においては中国法が適用されることとなっています。

(3) 取引条件の工夫

海外での紛争処理手続には国内の場合と比べても手間と費用が大きくかかりますので、最初からトラブルをできる限り回避しリスクを最小限に抑える方策を検討すべきでしょう。例えば、納品のタイミングや支払サイトなど取引条件を工夫したり、与信管理を徹底すること等が考えられます。

5 営業活動と贈賄規制

海外進出を果たした後、いかにしてコンプライアンスを維持していくかという点は、大変難しい課題です。海外に進出するにあたっては、進出先の国・地域の法制度を十分に調査し、自社や現地法人の役職員が知らず知らずに法令に違反していたという事態とならないよう、留意する必要があります。特に、贈賄規制については、国ごとに規制の内容を整理し、明確な社内ルールを設けるなどしておきましょう。

(1) 外国公務員に対する贈賄規制

日本国民が、B国の公務員に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るため、何らかの便宜を図ってもらうことを目的として金品等を付与する行為は、「外国公務員贈賄罪」に該当し、刑事罰が科される可能性があります(日本不正競争防止法18条・21条2項)。また、この場合、B国法の下でも犯罪に該当し得るということは、比較的予想しやすいと思われます。

(2) 商業賄賂規制

日本においては、民間企業である取引先の役職員を接待したり、顧客紹介の対価としてリベートを支払うこと自体、特段違法ではありません。しかしながら、これらの行為について、「商業賄賂」として規制されている国は珍しくありません。ベトナムでは、2018年1月に施行された新刑法において新たに商業賄賂規制が導入されました。
B国で活動するA社やE社の役職員が知らず知らずのうちに法令違反を犯してしまっていたということのないよう、現地で適用される規制を事前に調査し、社内でわかりやすいルールを設け、従業員に指導を徹底しておくことが重要です。

(3) その他

その他、米国海外腐敗行為防止法(FCPA)や英国贈収賄防止法(UKBA)は、域外適用が想定されているため、たとえ米国や英国において活動するものでなかったとしても、留意しておく必要があります。

ポイントのまとめ

1 海外進出の目的を明確にし、その目的達成のために適した国・地域、パートナーを選択しましょう。他人の話を鵜呑みにすることなく、冷静な態度で臨みましょう。
2 会社設立時の手続を、パートナーに任せきりにすることなく、自らも理解し監督する意識を持ちましょう。
3 契約交渉の主導権を握るためには、ひな形を準備しておくことが有用です。適切な紛争解決方法を選択し、場合により取引条件を工夫するようにしましょう。
4 コンプライアンスを意識し、関連規制を十分に調査しましょう。わかりやすい社内ルールを設けるなどして、従業員に徹底させるよう指導しましょう。

Maki Shimoji